2013年3月24日日曜日

成蹊ミステリ・フォーラム 1

3月16日に成蹊大学で行われた「成蹊ミステリ・フォーラム」に行ってきました。

4つの講義・研究発表で約4時間という長丁場でしたが、どれも実に刺激にあふれた面白い内容でした。



・夢野久作から森綾子への手紙
最初は院生さんの研究発表。
夢野久作が異母妹の森綾子さんに宛てた手紙(図書館には実物も展示されてました)から、久作のミステリに対する志向(体質的に西洋風が嫌い、論理<感情)や、「『瓶詰の地獄』に込められたもの」などが検討されました。

失礼ながら院生さんと言うことで期待はしてなかったのですが、この発表からはこの日一番の衝撃をうけました(笑)
夢野久作が妹に向けた手紙の数々がとにかく凄いの一言。
古い文章なので意訳しますと、「父がお前を憐れんでこの兄を賜ったのだ、他のものはわれら兄妹に対して色々な観念を抱いているけれども二人の前にはこれより他に何も無い」
とか「これは兄さんの実験である。お前を光の世界に出すためには浮き浮きした考えを持たず己を捨て、兄さんに従い(後略)」などと熱い思いをぶちまけたあげく最後に「思う事を後先かまわず皆書いた。わかりにくいであろう」などと、我に返ったような一文で締めてるのには思わず笑います(笑)
この書簡集の写しを小冊子の形でもらいました。これは貴重だ…
これほどの熱情をぶつけられた妹の返事が気になったのですが、発見されて無いとの事。今後の研究が待たれます。

ちなみに、「瓶詰の地獄」に登場する妹は「アヤ子」でありますから、この作品は(ある程度)私小説的なものと考えてしかるべきなんでしょうかねぇ。

他に「モヨ子」という妹はいなかったのかどうか気になります(笑)



・変格探偵小説と山田風太郎 
茨城大学の准教授、谷口基さん。凄く話の上手な方でした。
●変格探偵小説とは何か?
●戦後変格派としての山田風太郎
の2つに関しての講義。

・なぜ「本格」という概念が生まれたのか?→「謎の発生→解決」に当てはまらないものが大量に現われたため。
これに対して2つの説をあげて解説。

1、作者側の都合
それ(本格)ばっかり書けない(笑)。各ジャンルが確立されておらず、すべてが「探偵小説」に組み込まれた。

2、メディア側の拡大解釈路線
「明朗探偵小説」「青春探偵小説」など、雰囲気が似ているものはすべて探偵小説扱いに。


結論としては、「変格」という概念によって、行き所のなかった創作者を懐に抱き取った。と言うまとめでした。ひじょうに妥当ですね~。

発表の際に、「不健全と呼ばれた方々」という括りで乱歩や横溝、小酒井不木など出てきましたが、乱歩の写真が国民服姿のもので、これは珍しい!と思いました。


山田風太郎については、変格探偵小説および忍法帖に言及。

山風的高評価作家→橘外男、久生十蘭、夢野久作
低評価作家→江戸川乱歩、横溝正史
というのはなんとなく納得です。

忍法帖→巨大な負け組みの物語。「戦中派」としての精神性を込めた。

とのこと。初めて「甲賀忍法帖」を読んだときには「なんかすごくゲーム的だなぁ…」と感じたものですが、「負け組み」とか考えたこともなかった(笑)



・「モルグ街の殺人」はどう読まれてきたか -アメリカ探偵小説と近代日本-
3時限目は東京大学名誉教授の井上健先生の講義。
ボヤキ混じりの話が大変お上手でした(笑)
「以前は、丸谷才一の訳は『何だこのキザったらしい訳は』と思ってたけど、今になって見るとこれが一番しっくり来る」という見解には100%賛成です(笑)

基本的な「なぜ探偵はフランス人(ホームズも母がフランス系)が多いのか。なぜフランスが舞台なのか?」という疑問に対しては、「フランス、パリにすると売れた」と極めて解り易すぎる理由でバッサリ(笑)。「『湯けむり○○』みたいなもので、京都や熱海なら舞台になるけど千葉じゃ売れないわけです」と実に明快で説得力があります…

モルグ街の殺人という、最古典に属する小説ですが、なかなか新鮮な話ばかりでかなり引き込まれました。

・ポーの家族構成が妻と義母。これはモルグ街の被害者と同じ構成

・日本では、乱歩の分析に乗っかって論じている人が多いが、アメリカでは精神分析的な評論が主流。

・オランウータンが「凶暴だ」と言うのはキュビエは書いておらず、ポーの創作。

・都市を駆け巡る獣→これを俗流化すると乱歩の人間豹に。「群衆の人」が泊まっているのも「Dホテル」

などが主な話でしたが、なかでも特に「アメリカではオランウータンは黒人の暗喩、黒猫も黒人の暗喩(笑)」という分析になってるという話には苦笑を禁じえませんね…。

※続きます。